株式会社インテリジェントプランナー 原田 裕介氏

株式会社インテリジェントプランナー 原田 裕介氏

『飲食を通じて心豊かな社会づくりを。』未経験からの飲食店経営。若くして10年の経歴を持つ原田氏に今までの経緯と、今後の展望をお伺いしました。

—㈱インテリジェントプランナーさんの第1号店である一刻をオープンさせてから、10年経ちますが、元々飲食業を始めたきっかけは?—
最初は営業をやっていました。その時知り合った方に、元気が良いと声をかけていただき、まずは営業会社の経営を立ち上げから参加させてもらいました。私は当時22歳だったので、トップではなかったのですが、その次に「飲食店をやろう」という話になった際、立ち上げ時からやらせて下さい!と申し出ました。この出会いが直接のきっかけになります。

—では、独立に至ったきっかけは?—
この最初の飲食店を、ビルの9階に隠れ家ダイニングとして開いたんですが、隠れすぎてしまい知られなかったんですね。(笑)
しかし、営業の経験から「街中にはお腹が減っている人が沢山いるのだから、きちんとした品物を良い接客で提供してプレゼンをすれば、人は集まる」と確信していました。そこで、当時はカラオケ店くらいしか行っていなかった、街中でのキャッチを始めたりとプレゼンに力を入れた結果、1年目から良い売上を出したんです。この結果から、翌年に2店舗目を出そうという話になりました。
ところが、経営者との方向性の違いを感じたりもしていたため、話し合った結果、別々にやることで固まりました。当時を振り返ると独立したいという気持ちが先に立ち、相手の考えを理解する姿勢が足りなかったと思います。その時に買い取りに応じてくれた社長に感謝しています。この時に買い取ったのが、一刻と仁の燈=今のHearth池袋2号店でした。

—現在、Hearth池袋2号店は改装中ですが、どのようにされるんですか?—
実は、改装は2回目なんです。1回目は和風から洋風にするために、掘りごたつをフラットにする程度で、半分程の改装でした。しかしガレットをもっと浮き彫りにしたかったので、問題のあった厨房と併せて外装も今回変更しております。ちなみに店名はHearthのままです。

—以前は和食を中心に展開していましたが、業態を変更した理由を伺えますか?—
自分に力が無かったので、和食を深堀りするよりは、違う事をやりたくなったんです。でも正直言えば、勝てていたら、そのままいっていたとは思います。今思えば、自分が引いて経営を行うことを意識しすぎていましたね。自分が現場にいれば、もっと違う形になっていた様に思います。現場に入らないということは、他人の能力のみになる。つまり変わらないんですよね。自分が入る事で、同じ能力でお客様に支持してもらえることは何か?と考えるべきだったな。と思っています。また、居酒屋の様に飽和状態にある形態ではなく、この形態を取る事で雰囲気等からも足を運んでいただける、若い女性をターゲットにしました。この形態であれば、同じ人の能力でも、売上を上げられるだろうとも思ったからです。

—女性をターゲットにすると特有の苦労なども耳にしますが、苦労した点などはありますか?—
最初は苦戦しました。ダイニングバーなのでワインをアピールすることで、カフェではないことを謳うパッケージで展開しましたし、店内がそこまで大きくないので、満席の際はお声がけも多くしています。例えば、21時から予約が入っている時に、19時からの予約が入った場合などは、予め予約のお電話で「21時から次のお客様がいらっしゃいますので」ということをアナウンスしています。特に時間制で区切っているわけではないので、「席が少なくてすみません」と常々謝り倒してはおりますが、事情を説明し謝ることで、ご理解を得られていますし、回転率の良さを重視しているためにも必要と考えています。また、同じ能力で、どう集客し単価を上げるかなどを考えた時、パーティーに強いと聞いていたぐるなびさん等を利用し、パーティー比率を上げる工夫もしました。

—ぐるなびさんのお話が出ましたが、キャッチから媒体に行った理由やその効果について伺えますか?—
キャッチに関しては、行うお店がどんどん増えたんですね。しかも、その中には我々の本意とは異なる姿勢のお店もあって、そこに同化してしまったんです。最初は隙き間であったキャッチというプロモーションが、ここでも飽和状態になってしまったんです。そこで、当時はそこまで成熟していなかったwebを磨き上げるために、写真やキャッチコピー、露出、費用対効果などの面も含めてマーケティングを勉強しました。そして実店舗の売上をどう安定させるかを考えた時、アラカルトのお客様も大事にするのはもちろんのことですが、道徳と経済の共存を計って、経済に重きをおくのであれば、ある程度の売上を確保するという点があがりました。そこでパーティーをとることにし、ぐるなびさん始めwebの利用を開始したのです。
2006年当時は、この効果は20倍くらいいったかと記憶しています。しかし、徐々に周りがやり方を理解し始めてきたので、次は違う勝負をしなければと思いました。そこで、今はFacebookなどをやりつつ、実本業をより強くすることに力を注いでいます。ワインや料理、サービスという実本業を強くすれば、Facebookなどで加速度をつけることは出来ると考えています。Facebookはエンジンにもなり得ますが、本業がしっかりしていないと空回りになりますからね。お店に魅力がないと、結局一過性のものになってしまうので、両方力を入れてやらなければならないと思っています。

—業態の変更というお話は先述しましたが、なぜガレットを選んだのですか?また、ガレットに対するこだわりなどがあれば伺えますか?—
私はオーナーシェフではないので、パスタも作れなければ、ピザも作れない。ましてやイタリアンのピザは日常性が高く、競争が激しい世界です。でも、ガレットならブランディング出来る可能性を感じました。また、日本人はイタリアやフランスに憧れが強いと思います。業態を作る時、私は文化と憧れが必要だと考えています。イタリア料理が日常性が高いのに対し、フランス料理は主にソースが代表的なせいか、広がりが遅く、マーケットも狭い。それに今でもフランス料理は高級であるイメージがついています。その価値観を崩す事が出来れば、良いマーケットになるのではないか?とも思いました。そこで、ガレットにグラスワインをつけることで、日常性を演出することを考えました。また、6年前に知人に教えていただいた神楽坂のル・ブルターニュさんに行った時「こんなに並んでいるの?!」と驚いたことも、ガレットを後押しするきっかけにはなりました。
こだわりに関しては、ガレットに対し、もっと深く掘らなければならないと思って、フランス産のそば粉をどこから仕入れるかという課題にあたりましたね。色々検討しましたが、「粉を入れさせて下さい!」と飛び込みで直接契約を取るに至りました。更にブルターニュ産の物に絞って使うというこだわりたい思いはありますが、これはまだ途上です。そもそもガレットにはチーズありきという概念があり、実際ブルターニュの伝統でもそうなのですが、それをぶち壊したシェフに出会ったんですね。その方もブルターニュ出身なんですが…(笑)しかし、その方に好意的に教えていただけた際、まだまだガレットには広がりや可能性が秘められていること感じました。実はこの経緯もあり、2号店へ乗り出せたんです。

—展開している店舗の中にお好み焼きの業態もありますが、このきっかけは?—
このお好み焼きも出会いだったんです。知人に「美味しいお好み焼き屋さんが出来たから行ってみたら?」と言われて行ってみたところ、そこが東京では1号店となる池袋の喃風でした。この時どろ焼きというものを初めて食べて、これは斬新で美味い!と思いました。
これとは別に6~7年程前から参加している勉強会で仲良くしている経営者の方が、喃風のオーナーさんと知り合いだったんです。お話をさせていただくと、関西から関東をマネージメントすることは難しいようで、この池袋店にも苦戦していました。そんな「誰かマネージメントを頼めないか?」という状況下で出会い、数字を見せてもらった時にこれならいける!と思ったんです。そこで、自分自身集客や数字の管理の経験もあり、池袋のマーケットには自信があったので、やらせて下さい!と申し出て、マネジメントだけでなく全面的に店舗を買い取らせてもらいました。だから、最初からお好み焼きをやろうと考えていたわけではなく、これも出会いによって広がった店舗なのです。

—会社の社訓や教育方針などで意識している部分などはありますか?—
週に1回行っている勉強会で学んでいくことがほとんどです。飲食サービスを通じて、お客様に豊かさを提供するということが我々のミッションだと考えていますが、それを実際の仕事として伝えるということは意識しています。具体的に言えば、概念的なものと、実際に現場を回ったときの良い事と悪い事などをリンクさせてみんなに伝える勉強会にするんです。この勉強会で会社としての方針と現実の行動を常に確認し合っているんですね。あと、現場を回った時に、何か悪い事があったとしたら「人」を怒るのではなく、「事」を対象にみんなの前で叱る様に意識をしています。個人ではなく「事」を対象にすることで、「事」の大事さをみんなで共有出来ますから。

—現在の低価格・流行を反映する飲食店についてどうお考えですか?—
会社の至上命題は存続する事にあると思います。そういう意味で経営は環境適応力でもあるので、その形態で行うという事が、自社の強みを磨いて戦うというのであれば正攻法だと思います。そして、そう考えた時、そこにマーケットがあるのならば、顧客のニーズに応えているということになるので有りだと思います。
ただ、自社の強みは何だ?と考えた時に、私にはあの形態は出来ないからやりませんし、個人的主観で言うと、やりたくないというのが本音です。
しかし、選択肢がこの形態1つのみであった場合、それ以外に会社を潰す事しか選べないのであれば、従業員やその家族のことももちろんあるので、至上命題である存続を選ぶためにやりますね。
人と人とが繋がり、楽しくお酒を飲む場所として提供している1つの形ではありますが、利用シーンが異なっていると思いますし、そこで働いている従業員さんたちに、どういうことを身につけさせているかとか、何を求めているかというのはそれぞれ違いがあると思っています。

—3月に東日本大震災が発生しましたが、震災後に何か変化などはありましたか?—
一時的にパーティーは減った気はしますし、若干元気が無くなった気はしますが、徐々に元に戻って来ています。ただ、尊敬している経営者さんの言葉を借りれば『中小零細企業に景気は関係ない。外的要因は関係なく、内的要因の方が大きい。』ということで、この言葉に私自身、本当に共感し信じているんです。というのも、実際、この不景気と呼ばれる世の中でも、めちゃくちゃ流行っているお店はいくらでもあります。同じ力であれば、この経済環境は影響があるんですよね。だからこそ、そこを伸ばすために、私たちは勉強会をやっているんです。
以前は、同じ力が伸びないから業態を変えよう。と言っていたんですけど、それは違うな。と。(笑)
業態は差別化に繋がらないと思いましたが、人材教育を深堀りすることは差別化に繋がると思いました。差別化について短期的にみていたのですが、長期的に見ていくことにし、次のステップへ繋げたいと今は思っています。

—次のステップとは具体的にどのような事でしょうか?また、今後5年後10年後の会社の展望や方向性などもお聞かせ下さい。—
実業は本気でずっとやり続けるのはもちろんのこと、ご支援が出来る様な会社になりたいというのが1つあります。
15年、20年といった実業のノウハウをフルオープンにしたいんですね。ネットのプログラムだけであれば真似出来ますが、実業の中の人材教育という視点を重点的に捉えていきたいのです。例えば15年間というスパンで業界にいる人を見た時、業界にいる人の能力は変わりません。だからこそ、実績の変化はこの期間中、人材の教育にどれだけ費用と時間をかけたかをかけたかに絶対的に比例すると考えられるからです。
人材教育に関して言えば、私は長い間社員と付き合っていきたいので、生涯働いていく場として飲食業がどうあるべきかを考えています。
飲食業でのキャリアプランの形成というのは、とても難しいと悩んでいる1つでもあり、社員の家族を背景に見た時、飲食という職場で、どうその社員が一生涯活躍していくのか?に向き合ったら、知識で勝負出来る様にならないといけないと思いました。仕事の結果は質×量なので、質が変わらなければ同じ量を、つまり同じ時間を働かなければならなくなります。同じ量を働き続けるには、年々とても体力が辛くなるので、強みが発揮出来なくなってしまいます。だから時間の見方を少し変えて、経験と見るんです。この経験を積んだものを質に変換出来るようにするために、ここで知識が強みになると思うのです。
また、専門性を深めることで、従業員が自分のやっていることに誇りを持つことも大事だと思っています。ワインであれば、知識が深まり楽しくなる事でエンジンがかかり、ソムリエの資格を取るに至ったり、他にも野菜ソムリエなど。資格ありきではないのですが、自分達がやっている職業に対し、誇りを持ってもらえたらと思っています。
こういったことも含め、知識を強みとした時、例えば料理人は料理の事で知識の専門性を体系化することで、誰かに切り売り出来る形にいずれ出来れば、体力じゃないところで彼らが活躍する場を創造することが出来ますし、そうしていきたいんです。
そのためには、今後5年~10年の間は地道に店舗を増やしたいと思っています。
この知識による支援は、15年くらいかけたいと考えています。それまでにポストを用意出来るように、15~20店舗くらいは作っていきたいですね。
最後に、これは自分のポリシーではあるのですが、自分のお財布で気軽に行ける業態以外はやらないと決めています。会社のお金や、数年に1度しか行けない様な業態ではなく、カジュアルな価格帯で専門性の高いお店として勝負をしていきたいと思っています。

【プロフィール】原田 裕介氏

1977年 福岡県出身 大学入学をゴールとして学生時代を過ごしたため、大学入学後に目的を見出せず、1年目にして中退。リセットも兼ねて誘惑や甘えのない場所を選び、単身上京。色々なアルバイトを経験した後、営業職に就いた際、声をかけられ会社の立ち上げに携わる。2002年飲食業を始め、翌年独立。更に翌2004年に現在の株式会社インテリジェントプランナーを設立。ガレットをメインとした「Hearth」を恵比寿、池袋にコンセプトを変えて3店舗経営。また、お好み焼き屋「喃風」東京第1号店(池袋)も手がけている。

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