株式会社ガラエンタープライズ 代表取締役 重野 和稔 氏

「お祭り(GALA=お祭り)を世界に広め、一人でも多くの人に笑顔をもたらす企業に。」株式会社ガラエンタープライズ 代表取締役 重野 和稔 氏の異業種からの転職・独立の苦労や、プロデュースのプロに至る経緯と、今後の「お祭り」の展開をお伺いしました。

—飲食業を始められたきっかけは?—

大学を卒業してからずっと金融系に勤めていたんです。でも、飲食業には学生の時からずっと興味はありました。いつかレストランのオーナーになりたかったんですね。ただそれは本業ありきで、その儲け分でサイドビジネスとして考えていたんです。だから、飲食業を始める当初は、やはり金融業をやりながら展開しようと思って、知人の飲食店オーナーさん達に話を聞いたところ、『そんな片手間で出来る程、甘いもんじゃない。飲食業なめんな!』とお叱りを受けたんです(苦笑)。実際にその方たちの働きぶりは凄いな。と圧倒された事をきっかけに、飲食業を本気でやろうと決意しました。

今も勢い止まらない際コーポレーションさんで働かれていましたが、そちらでのお話を伺えますか?

本気で飲食業を始めようとしたものの、当時はまだまだ考えが甘く、金融業時代の仲間を呼んで自分達だけで始めたんです。その頃、
米国でスムージーやタコスから派生したラップというものが流行っていたので、日本に取り入れようとニューヨーク等を行き来しながら、日本人の口に合う様にアレンジをしました。多種に渡るイベントなどに出店しながら1年くらい続けたのですが、繁盛しなかったんです。
素人集団では失敗すると判断した結果、一度活動休止をしました。皆それぞれ役割分担をして一年後再集結を決めた時、業界で伸び盛りだった際コーポレーションで修行をしようと決めて直接電話で面接を取り付けたんです。会社へ行くと、いきなりの社長面接でした。
独立したいから1年間休みなしの24時間体制で良いので働かせて下さい!とお願いしたところ、面白いということで、翌週から社長の鞄持ちが始まったのです。

1ヶ月程したところで、現場の事を知りたいからお店にも行かせて欲しいと要望し、東京駅にオープン予定だった胡同マンダリンというお店に入りました。1~2ヶ月働いてから社長に呼び戻され、その後は新業態の立ち上げや業態開発、FC管理など経営企画に携わっていったんです。結果二年程ガムシャラに勉強し、自信を持ったので当初の仲間を呼び戻し、今の会社を立ち上げました。

—独立時の苦労などはありましたか?—

証券会社を作った際に資金を全部費やしたので、まずは資金繰りを考えました。会社を起こすに当たり、金融時代に付き合いのあった社長さん達に事業計画を説明して投資してもらったり、金融の経験を活かして銀行からの融資を受けました。証券会社の時は持ち株が少なくグループ傘下になってしまったので、それを防ぐためにも持ち株を得るように、立ち上げメンバーからも協力してもらいました。そうやって得た資本金を元に、青山に一号店を建てたんです。最初の3週間は大繁盛でした。この場所でこんなに来るんだ?と浮かれたのもつかの間。一ヶ月くらいで勢いは止まりました。一日に2人という日もありましたよ・・・。でも口コミでジワジワ広まり、三ヶ月後くらいから雑誌の取材が来たりと、認知度も高まってリピーターも増えていきました。

—一軒屋を改造するという形態は珍しいですよね?コンセプトは?—

元々、友人と楽しめる知る人ぞ知る隠れ家的なお店が好きで、退社後すぐに物件を探していたんです。ここに住んでいた方も飲食店のオーナーさんで、私が好きそうと教えてくれました。すぐに気に入ったので一ヶ月後には引っ越してもらい(笑)、開店準備に入り大改造しました。コンセプトは大人の隠れ家で、ターゲットは30代以上の大人の男性。日本酒好きもありますが、塩をなめながらキュッとやってもらいたかったので、日本酒のバリエーションやそれに合わせた料理にこだわりました。ただ、オープン当初は焼酎ブームで、注文の7割は焼酎だったので時代を意識することは忘れず、日本酒と同じ比率で揃えましたね。プロデュース業をしばらくやった後、千駄ヶ谷の一軒家を気に入ったので直営店として味噌をテーマにオープンしました。気に入った物件を見つけたら、個性的な店を出すスタイルは今後も続けたいと思っています。

—70店舗に渡るプロデュースという凄い実績をお持ちですが、そのキッカケについてお伺いできますか?—

青山の店舗を始めた後に、麺通団新宿店のプロデュースを頼まれたのがキッカケです。投資をしてくれた社長の中に香川の方がいて、讃岐うどんブームを作った麺通団というタウン情報誌のグループから本当に美味い香川のうどんを出そうという企画が進みました。これが麺通団のスタートで、役員を香川で修行させると共に、場所探しやデザイン、コンセプトなどを一貫して行い、飲食に関するノウハウも教えながら新宿店をオープンさせました。これが大当たりしまして、プロデュースの依頼が増えたんです。

—他の直営店の展開はどう行ったのですか?—

今現在、店舗を増やしたくても増やせないのが現状なんです。というのも、代官山に3号店を出したのですが、一軒家風ではなく60~70坪はある大型店舗を展開したところ、半年で閉店に追い込まれてしまいました。銀行からも融資をしてもらえない状況になってしまい一時は会社が潰れそうになったところを、なんとか立て直して今に至っています。3号店の後に千駄ヶ谷の店舗を気に入られ、出店費用や内装代も全て出すという条件で、神戸のハーバーランドの一大リニューアル時に出店の話をいただきました。しかし下見をしたんですが人が歩いていないんで断ったんです。それでもリニューアルだからと押し切られたことと条件が良かったので試しに出したところ、これもまた大やけど(苦笑)。最初の一ヶ月間だけ良かったのですが、その後はゴーストタウン並でした。千駄ヶ谷の売りである味噌をテーマにしても全くダメで、経費削減をするものの毎月赤字で黒になる兆しが見えなかったために3店舗目、4店舗目を次々閉店したんです。1番苦労した時期でしたね。その後、再び出店資金や内装代を全て持つという条件で、つくばの駅ビルに出店して欲しいと頼まれ、そば屋を開きました。ここは、ガラエンタープライズで一番利益を出す店舗に成長しました。プロデュース業は上手く行ってますが、直営では失敗もありました。

—会社の社訓や教育方針で意識されていることはありますか?—

社訓ほどかしこまってはいませんが、会社名のガラはフランス語で「お祭り」という意味があるので、その意味を大事に「お祭り」のように人や街を元気にし、自分達も楽しめる事業をやろうと考えています。他人に強要されるのではなく、自主性や積極性を大切にしているため、社員・アルバイトは関係なくみんなで造り上げるようにしています。また、飲食をやる人、特に現場レベルの厨房のスタッフ達は勉強をしない風潮が気になっていたので、私共のスタッフには寝る暇を惜しんででも他の店を回るよう指導はしています。でないと、自分のお店の料理が適正価格なのかどうかも分かりませんし、ましてやプロデュースを頼む依頼者の要求に応えられない。だから、常日頃勉強するようには言っています。

—現在の低価格・流行を反映する飲食店についてどうお考えですか?—

時代を捕えるのが上手いとは思いますし勉強にもなるんですけれども、自分がやりたいお店とはちょっと違います。そういう店舗のプロデュースも行っていますが、今はどちらかというと飲食店としてのこだわりや遊びがなく、フードビジネスというか、集客して儲けるにはどうしたらいいか?といった仕組みが優先で、結局似たようなお店ばっかりになり、正直なところ面白いとは感じないんです。私が直営でやりたいのは、時代とは合わないかもしれませんが、独自のコンセプトやこだわりをもった、プロの調理人のいるレストランですし、それができるのがガラの売りだと思っています。

—デザイン会社もお持ちですが、今後の会社の方向性や展望はどのようにお考えですか?—

立ち上げメンバーの中に一級建築士がおりまして、最初はガラエンタープライズでデザイン業もやっていたのですが、その仕事が多く増えて独立採算で行けると判断し、GALA CREATIONS TOKYOという子会社にしました。ホールディング会社にしたいというそもそもの目標があるので、実はプロデュース業も別会社を作りたいんです。また、プロデュースをやるにあたって、立ち上げ時に店長を貸して欲しいとか、料理長を貸して欲しいという要望も多いので、そういう人材派遣会社も視野に入れています。会社の組織としては独立採算を取って、今頑張っているスタッフ達をどんどん社長にしながら分社化し、現在の会社は直営店だけやる会社にしたいんです。直近で進めているのは、海外進出ですね。海外に美味しい和食を出したいんです。すでにハワイにスタッフがいるので、現在マーケティングをしております。ただ焦らずしっかりと構築していきたいと思っています。また、プロデュースの方もオープン予定のお店が何件か控えておりますし、会社の一つのカラーなので力を入れていきたいです。あと今年は直営店も出したいですね。いくつかアイデアはありますが和食か中華で考えています。その他にも焼き肉のFC本部も始めております。安心して食べられる安全な国産和牛をリーズナブルに出すというコンセプトのもと、赤坂に日本精肉店を平成21年の夏にオープンしてから、去年の夏も一店舗増やしました。おかげさまで繁盛していますので、今後加盟店を年に1~2店舗ずつ増やしていきたいです。最終的にはリゾートホテルの開発なども私の頭の中に詰まっているんですよ。


【プロフィール】重野和稔氏

1969年 東京都豊島区出身 大学卒業後に銀行へ就職。不動産ディベロッパー後、不動産仲介業で独立したのち外資系プライベートバンク、証券会社 設立を経て金融業界から飲食業界へ。(株) 際コーポレーションで2年間修行した後、(株) ガラエンタープライズを設立。現在、東京にて「GALALI 青山」「がらり 千駄ヶ谷」、つくばに「蕎麦と酒 がらり」を経営。また「讃岐うどん大使 東京麺通団」を始めとするプロデュース業を70店舗に渡り手がける。

■関連リンク:株式会社ガラエンタープライズ